私たちの、豊かな食生活を支える農業。良い農作物を作るためには、天候や土壌など様々な要素が重要になってきますが、どんな肥料を使うかも大切なポイントになってきます。現在、日本の農業で使われている化学肥料は輸入に頼りきりの状態で、コロナ禍やウクライナ侵攻の煽りを受け、価格の高騰化が進んでいます。そんな現状を受け、農林水産省では2021年に「みどりの食料システム戦略」を掲げ、2050年までに化学肥料の使用量30%減と、化学肥料を使わない有機農業の農地面積25%を目標に掲げています。

この記事でご紹介する「濃縮バイオ液肥」は、有機質肥料の国産化を進める大きな第一歩。そこで、今回は濃縮バイオ液肥のプロジェクトを進める長尾衛(ながお・まもる)さんと、プラントの開発・研究を行ってきた杉本直也(すぎもと・なおや)さんに、プロジェクトの詳細や、濃縮バイオ液肥が持つ可能性についてお話をうかがいました。

<参加者>

  • 液肥の20倍濃縮に成功した「濃縮バイオ液肥」が目指す、サステナブルな循環型農業

    長尾衛

    排水処理事業部
    O&M部
    担当部長

  • 液肥の20倍濃縮に成功した「濃縮バイオ液肥」が目指す、サステナブルな循環型農業

    杉本直也

    三菱ケミカル株式会社
    スペシャリティマテリアルズビジネスグループ
    R&D本部ライフソリューションズテクノロジーセンター
    アクアソリューションズグループ(鶴見)

循環型社会を実現する、築上町の「液肥」を更に使いやすいものに

――「濃縮バイオ液肥(えきひ)」は、「液肥」を濃縮したものとうかがいましたが、まずは液肥とは何かについて教えてください。

長尾液肥の可能性について語る長尾さん

長尾:し尿等を発酵させた肥料のことです。福岡県にある築上(ちくじょう)町では、1994年より資源循環型の農業を目指し、し尿等を発酵させた「液肥」と呼ばれる肥料を製造し、地元生産者の方に提供しています。これは全国的に見ても珍しい取り組みで、①し尿を浄化処理するのではなく肥料として有効活用できる、②生産者としては化学肥料に比べて10分の1程の低価格で散布することができ、③下水処理や化学肥料使用に伴う環境負荷低減に繋がる、といったメリットがあります。

――リーズナブルで、環境に優しい肥料なのですね。今回、開発に成功した「濃縮バイオ液肥」はどんなところが通常液肥と異なるのでしょうか?

長尾左が「濃縮バイオ液肥」、右が従来の「液肥」

長尾:液肥自体(※写真右)は、とても素晴らしいものなのですが、そこに含まれている「窒素」や「カリウム」といった肥料成分の濃度が低いという問題がありました。そのため散布コストがかかり、大きな液肥貯留槽が必要といったデメリットがあります。また、懸濁物質(けんだくぶっしつ)と呼ばれる濁りが含まれている状態でもあります。今回、開発に成功した「濃縮バイオ液肥(※写真左)」は、濁りを綺麗に除去した上で、肥料成分濃度を約20倍に高めたものになります。

――より使い勝手が良くなったのですね!プロジェクトが始動した背景についても教えてください。

長尾:液肥の濃縮技術を開発された九州大学の矢部教授から三菱ケミカルに、2018年に連絡をいただいたのがきっかけでした。

3年間で、プラントの建設、運転、試験栽培を実施

――プロジェクトの概要について教えていただけますか?

長尾:このプロジェクトは福岡県リサイクル総合研究事業化センターの支援のもと産学官にて3年間実施しました。濃縮バイオ液肥で作物を栽培することをゴールとして、1年目は濃縮バイオ液肥のプラント建設に携わり、2年目はプラントの安定運転を目指して取組み、3年目は濃縮バイオ液肥を使って実際に作物を栽培するという流れでした。

――それぞれのフェーズについて、詳しくお伺いしたいのですが、1年目のプラント設計では、どんな技術が使われたのでしょうか?

杉本:「UF膜分離」と「電気透析」という技術が使われています。

まずは、「UF膜分離」は、UF膜と呼ばれる超微細な孔が空いたストロー状の糸(中空糸膜)に、液肥を通すことで水に溶けない懸濁物質を、取り除くことができる技術。

そして、綺麗になった液肥を、「電気透析」と呼ばれる技術で肥料成分を濃縮します。これはイオン交換膜で仕切られた槽に電流を流し、窒素やカリウムといった肥料成分を濃縮液として集めていく技術ですね。

――そんな技術が使われていたのですね!電気透析では、濃縮液の濃度を変えることもできるのでしょうか?

長尾:もちろんです。今回は目標10倍に対して20倍の濃縮を達成しました。濃くしたり、薄くしたりすることもできます。ただし、あまりに濃縮しすぎるとイオン交換膜に負荷がかかりますし、薄すぎても濃縮する意味がなくなってしまうので、その部分のバランス調整は大事ですね。

――ありがとうございます。2年目の運転についても教えてください。

長尾:2年目は、築上町のプラントを実際に運転するフェーズ。ここで求められるのは、プラントを安定運転させながら濃縮バイオ液肥を継続的に製造することです。今回のプロジェクトで良かった点の一つは、産学官それぞれの立場で問題点を共有し、問題解決に導けたことです。この時に得られた成果が、のちに出願した特許のもとになっています。

――3年目のフェーズについて、地元生産者の方からのリアクションを教えてください。

長尾:作物の栽培が問題なくできたのに加え、地元生産者の方からはこの液肥なら施設園芸用途に使えるという声や、地元町民の方からも家庭菜園に使ってみたいという声があったと聞いています。従来の液肥では使用できなかった用途に、この濃縮バイオ液肥が使えるというのはとても大きなメリットだと思います。

杉本:土を使う農作物なら、基本全てに使えるようになったという点は大きいですね。従来の液肥は、米や麦といった作物には散布車で液肥を散布することはできますが、いちごなど、灌水(かんすい)チューブを通して土のなかに肥料を染み込ませるタイプの農作物では、チューブの孔に詰まってしまうことがあり、使えませんでした。今回の濃縮バイオ液肥では、そういった問題をクリアすることが出来ました。 
 
また、液肥は臭いの点で問題になることがあるのですが、濃縮バイオ液肥にしたことで、臭いが低減されたというデータもでています。臭いの点でもメリットがあるかもしれません。

――確かに、臭いは重要ですね。懸濁物質がなくなり、臭いが低減し、持ち運びもしやすくなったことで、使い勝手がぐんと良くなったのですね。

長尾:そうですね。築上町では、今後、施設園芸農家、家庭菜園および学校施設等に濃縮バイオ液肥を使ってもらおうと広報活動に努めるそうです。

環境負荷の少ない、循環型農業を目指して

――ここからは、市場の反応や今後のビジョンについておうかがい出来たらと思います。まずは、2023年の6月にプレスリリースされてからの反響について教えてください。

長尾:様々なところからお問い合わせを頂いている状態です。実は、来週も10人程の自治体等の方、農林水産省九州農政局の方の視察が入っているので、福岡に飛ぶ予定なんです。内容としては、どういった施設でどんな液肥を作っているのか見てみたいというものが多いですね。

――サステナビリティを謳った、エコテクノ2023(北九州)で成果発表もされたそうですね。

長尾:こちらもおかげさまで、多くの方に聴講して頂きました。同時開催のベンチャーメッセ2023にもパネル出展していたのですが、他県からわざわざ展示を見に来てくださる方も多く、反響の大きさに驚いています。

――「濃縮バイオ液肥」が社会や農業、地球環境に与える影響について教えていただけますか。

長尾:これまで、輸入に頼りっきりだった肥料を、未利用資源を活用すれば国産化できるため、地元生産者が負担する肥料にかかるコストを大幅に低減することができますし、循環型の農業を実現できます。また従来の化学肥料は、その製造過程で大量の二酸化炭素を排出し、農地で長年使われることで、土地が痩せてしまといった悪影響があるのですが、有機質肥料である、濃縮バイオ液肥は、そういった問題がない点でも、環境に優しい肥料と言えますね。

――最後に、今後のビジョンについて教えていただけますか。

杉本:実用化に向けて、更にクオリティの高いプラント建設と濃縮バイオ液肥製造に貢献していけたらと考えています。

長尾:2030年までにプラントの数も数十箇所に増やしていけたらと考えています。そのためには、多くの方に濃縮バイオ液肥について知っていただくことが重要だと思っています。そして、多くのご意見をお聞きして、地域に合った最適な提案ができてこそ、地域の活性化に繋がると信じています。