私たちが普段何気なく使っている水道水。多くの人にとって水道水は「あって当たり前」なものですが、離島や山間部などの人口が少ない地域の一部では、水道法が適用されず、安心して使える水の確保が困難なこともあります。そのなかで注目が集まっているのが「分散型水道」システム。これは既存の水道インフラに頼らず、自前で手軽に安心安全な水にアクセス出来る仕組みで、人口が少ない地域に限らず、高齢化や過疎化、水道管の老朽化が進み、地震のリスクをも抱える日本で、誰もが必要なときに安全な水にアクセスするのに役立つと期待されています。

今回は分散型水道事業に携わる、浦幸久(うら・ゆきひさ)さんと、日塔康弘(にっとう・やすひろ)さんの二人に分散型水道の持つ可能性や、自治体からの受注の経緯についてお話を聞きます。

参加者プロフィール

  • 「分散型水道」事業で実現する、誰もが安心安全な水にアクセスできる社会

    浦幸久

    経営企画部
    分散型水道推進プロジェクト
    担当部長

  • 「分散型水道」事業で実現する、誰もが安心安全な水にアクセスできる社会

    日塔康弘

    ウェルシィ事業部 地下水技術部
    設計グループ グループマネージャー

人口の少ない地域が抱える「水問題」

――分散型水道についてお話をうかがう前に、現状の水道システムについて教えてください。

浦

浦:日本の上水道システムは、大規模な浄水施設で水を一元管理し、配水管を通じて多様な家庭や施設に供給する「集約型」が主流です。しかし、人口が100人未満の離島や山間部の村では、水道法の適用外となり、水道水が供給されない場合もあります。そうした地域では、自前で「緩速ろ過」と呼ばれる砂を用いた浄水施設を作り水の確保をしていますが、ゲリラ豪雨や線状降水帯などによる大雨が原因で、水の濁りなどの砂泥詰まりが起こってしまうケースが多発しています。特に、高齢者が多い村では、このような砂泥詰まりを掻き出す作業が困難で、装置老朽化更新コストが増加し、維持管理の持続性が社会課題となっています。

――砂泥水で濡れた砂をかき出すのは重労働ですね。

日塔:取水源も様々で、井戸、沢水、川などの水を使っている場所もあります。見た目はとても綺麗な水でも、過去に問題となった病原性大腸菌O157やクリプトスポリジウムと呼ばれる原虫が潜んでいる可能性があり、体調不良や脱水症状などの不調を引き起こし兼ねないという、安全面でのリスクもあります。

――そういった問題を解決するために生まれたのが「分散型水道」ということですね。

浦

浦:そうですね。この問題は一部地域だけの問題ではありません。集約型の水道システムは便利な半面、災害などで断水する危険があり、また場所によっては配管が老朽化しています。三菱ケミカルアクア・ソリューションズでは、有識者と一緒に解決策を模索し、分散型水道のあり方について研究・開発を進めてきました。

簡単に設置・持ち運びができ、安心安全な水を供給する「分散型水道」

――分散型水道はどのようなものか教えていただけますか?

浦

浦:「膜ろ過」という弊社の技術を使い、集落や住戸単位で安心安全な水の供給を可能にする装置です。大きな施設や工事の必要がなく、30kg程の装置とそれを格納する場所、100Vの電源があれば、きれいな水を供給できます。

――持ち運びや設置も簡単なのですね。

浦:車や宅急便などで簡単に移動できますし、運用についても、砂のかき出しのような大変な作業はありません。人口が少ない村や、近い将来の発生が危惧されている南海トラフ巨大地震に備えて導入を検討されている自治体もありますね。

――分散型水道システムの仕組みについて詳細を教えていただけますか?

浦:バリエーションはありますが、基本の構造はカートリッジと制御盤というシンプルな作りです。

日塔

日塔:カートリッジの中では、弊社のグループ会社の三菱ケミカル・クリンスイの家庭用浄水器で使っているMF膜というストロー状の繊維を用いています。この膜は、目に見えない微生物や微粒子なども取り除いてくれます。また、UV殺菌機能も備えているので、より安全で安心な水を供給することができるのです。

――開発にあたって苦労したポイントを教えていただけますか?

日塔

日塔:大きく2点あります。一つは、いかに性能・機能を維持しつつ、コストダウンをするかということ。分散型水道システムに関しては以前から業界の中では知られていましたが、どの企業も参入しなかった背景として、利益を出すのが難しいという問題がありました。そこで私たちは、大学の先生方や自治体のみなさまと協力し、多くの試験を重ね、必要な要件を満たす装置の開発を行ってきました。
 
要件を満たす装置造りも大変でしたが、そこからコストダウンをする過程の方が苦労しました。例えば、雨天時のエコモードへの切り替えについて、完全に自働制御で行うのではなく、人が手元のスイッチを切り返すだけの半手動式に切り替えるといったように、いろいろな機能について検証しました。

もう一つ検討したのは逆洗タイミングの決め方です。逆洗とは、先程お話したMF膜をフレッシュな状態に保つため、外から中に水を逆流させる機能のことです。この機能がついていることで、長期間に渡って装置を使用することが出来るようになります。しかし、逆洗をやりすぎることで、膜を痛めてしまったり、浄水の造水効率が悪くなってしまったりすることがあります。またその地域の水質や季節によっても水質が変化するため、研究所と一緒に水質調査、現場で実証試験等を行い、装置の特性として最適なタイミングが算出できるようにしました。

――必要な機能はしっかり残しつつ、半手動化を検討するなどしてコストダウンを実現し、逆洗のタイミングをカスタマイズすることで、誰にとっても良い装置を作っていったのですね。

発注の背景にあったニーズと今後の展望

――この度、愛媛県の久万高原町(くまこうげんちょう)様に納入できたとのことですが、その経緯を教えてください。

浦

浦:久万高原町様ではすでに他社の製品を導入していたのですが、運用部分で悩まれて、弊社にご相談いただきました。具体的には、逆洗の効率が悪く(1時間に1回のみ、カートリッジ2本の水量で6本を洗浄)別の機種も試したくなったそうです。弊社の製品は、4本のカートリッジがあり、2本に対して残りの2本で逆洗ができ、タイミングも10分に1回だったので、そういった製品の使い勝手の良さや、柔軟性が評価されました。
 
また、しっかりとしたアフターフォローがある点も受注の決め手になったと思います。今後も「三菱ケミカルアクア・ソリューションズと出会えて良かった!」と言われるようなサービスを目指したいですね。

――製品の使い勝手の良さやクオリティと合わせて、信頼できるサポート体制も決め手となったのですね。今後のビジョンについて教えていただけますか?

浦:分散型水道は電気で動いているのですが、今後は山間部といった地形を活かし、近くで水車を回して小水力発電を行い、外部の電力に頼らずに動くような仕組みを作りたいですね。これは、都市部でも災害時に病院などに安心安全な水を供給することに役立つと考えています。
 
他にも、一部の村だけではなく、その地域一帯で同じ分散型水道の装置や仕組みを導入することで、一つの村で問題があっても近隣の村で補完できるような「全体最適」なシステムの提案や、サブスクリプションのように定額で利用できる仕組みづくりを考えています。