地下水を飲用化する事業に研究員として携わっています。お客様は病院が多く、災害などで水道が止まってしまっても、地下水からは安定的に安全な水を得ることができるようにしています。地下水を飲用水とするときには、安全性を担保するため様々な水質項目を満たす必要があります。そのなかでも、地下水飲用化では「いかに水中のアンモニア態窒素を取り除くか」がポイントになってきます。大量の薬品(塩素)を投入する手法が一般的なのですが、費用的な負担が大きくなることや、消毒副生成物の発生などの水質リスクがあるため、環境や人体にとっても良い手法とは言えません。そこで、微生物にアンモニア態窒素を処理してもらう「生物硝化法(せいぶつしょうかほう)」という手法に着目しました。
社会課題を解決し、人々の生活を豊かにする技術を確立するために日夜仕事に勤しむ研究者。何か新しいものを生み出すために、長期的な視点や幾度もの試行錯誤が大切になる仕事ですが、好きなことを仕事にでき、成果が出た時の達成感や社会的なインパクトは他の職種では味わいがたいものです。そこで今回は、微生物を使った水の浄化に取り組む研究についての魅力を紹介します。
<参加者>
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小寺博也
技術統括室
秋津研究センター 研究員
――研究内容について教えてください。
――「生物硝化法」ついて詳しくうかがえますか。
一般的な生物硝化法では大きな水槽のなかに砂ろ材を投入し、砂の表面に硝化細菌と呼ばれる微生物を培養します。硝化細菌は酸素を利用してアンモニア態窒素を硝酸態窒素へ変換することで増殖します。この反応を用いアンモニア態窒素を処理することで、薬品の使用量の削減が可能になります。ですが、硝化細菌の培養には、数か月にわたり通水が必要になります。その問題を解決するため、「スポンジ循環流動床法」が開発されました。
――「スポンジ循環流動床法」はこれまでの技術とどのような違いがあるのでしょうか。
砂の代わりのスポンジを硝化細菌の生物保持担体として使用します。水槽内にスポンジを投入し循環流動させるところが大きな特徴です。無数の穴が空いたスポンジを使うことで、硝化細菌がその内部や表面に高密度に付着するため、処理速度が格段に速くなります。また、スポンジは砂と比べて軽いため、容易に運搬や搬出が可能です。スポンジ担体を培養している基幹基地から必要に応じてお客様のプラントへ運搬することで、処理施設の早期立ち上げが可能になります。お客様の時間的・費用的な負担を大幅に減らす画期的な方法です。
――どのような経緯で「スポンジ循環流動床法」の開発にまでこぎつけたのでしょうか。
スポンジを使用する構想は10年以上前に、先輩社員が考案された手法で、通常は排水処理の分野で採用されています。先輩は排水処理分野で培った知見を活かし、私の入社前から実用化に取り組んでいました。まずは、5リットルほどの小さな容器を使って実験を行っていたそうです。それがうまくいったら、実験機を徐々にスケールアップして検証を行います。そして、実用化の段階でお客様のところで運用を始めたところで、機能しないという事態に陥りました。あの時は、本当にどうしようかと困惑しましたね。
――入念に確認をしていても、不測の事態があるのですね。
お客様が理解のある方で、「この技術は確立させる価値のあるものだから、成功するまで実験を続けてください」とおっしゃってくださいました。おかげさまで、腰を据えてしっかりした技術を確立させることができました。 実際にいろいろなパラメーターを分析してわかった原因は、装置の大型化・水量増加による井戸水質の変化や、硝化細菌に必要な栄養成分が変化してしまっていたことでした。人間でいうと、偏った食事をしていたため、ビタミンやカルシウム不足になってしまう感じですね。原因を特定する際は、お客様や社内の先輩方、また大学の先生のお世話になりました。原因を特定・改善し、しっかりとした装置をお客様に納品できたときは、本当に嬉しかったですし、協力者の方への感謝の気持ちが溢れました。
――研究者という仕事で、やりがいを感じているところについて教えてください。
実験が成功して、サービスとして社会に出たときにやりがいを感じます。それに加えて、自分が研究しているものが、お客様に価値を提供しつつ、地球環境向上につながるところにも意義を感じていますね。もともと学生のころから環境問題に強い関心があり、地球温暖化や土壌汚染等の環境にまつわる本やドキュメンタリーをよく観ており、そこから「環境保全に関わる仕事に就きたい」と考えるようになったんです。
――大学では、どのような研究をされていたのですか。
大学でも微生物を使った水処理について研究していました。実験室で小さな培養器を作って好き勝手に研究をしていたのを覚えています。あの頃は、失敗しても怒られないし、まったく気負わず「失敗も成功への糧だ」と気軽に考えていましたね。
――研究を仕事にして変わった点について教えてください。
多くの関係者がいて、動くお金も大きいので「失敗できない」というプレッシャーの大きさはありますね。一方で、自分の研究が社会のなかで役立っていて、そのリアルな反応が見られるところが大きな喜びになっています。東日本大震災や熊本地震で水道が断水したときも、弊社のプラントを導入していただいているお客様のところでは、地下水を安全に使うことができ、実際に感謝のお声もいただきました。そこは、研究者冥利に尽きますね。
――今後の目標について教えてください。
スポンジ循環流動床法を更に進化させた生物硝化法の開発を行っています。スポンジ循環流動床法でも従来の方法に比べれば大きなインパクトがあるのですが、この技術が確立できれば、コストパフォーマンスなどの面で飛躍的に向上します。
――いつ頃の完成を予定されているのでしょうか。
そこは、営業担当と調整中ですね。営業担当としてはなるべく早めにお客様に提供したい、研究所としては段階を踏んで検証しておきたいということで、いかに開発期間を短くするのかという事も研究をビジネスで行う大変さの一つかもしれません。しかし、今後も地球環境にやさしく、安全な水を多くの方に提供するために、着実に研究に取り組んでいけたらと考えています。